龍田風神祭|延喜式祝詞 訓読/正訓/原文
龍田風神祭 たつたのかぜのかみのまつり
龍田たつたに称辞たたへごと竟おへ奉まつる 皇神すめがみの前まへに白まをさく「志貴嶋しきしまに大八嶋國おほやしまくに知しろしめしし皇御孫命すめみまのみことの 遠とほ御膳みけの長なが御膳みけと 赤丹あかにの穂ほに聞きこし食めす五いつくさの穀物たなつものを始はじめて 天下あめのしたの公民おほみたからの作つくる物ものを 草くさの片葉かきばに至いたるまで成なさず 一年ひととせ二年ふたとせに在あらず 歳としまねく傷そこなへるが故ゆへに{百ももの物知人等ものしりびとどもの卜事うらごとに出いでむ神かみの御心みこころは 此この神かみと白まをせ}と負おほせ賜たまひき 此こを物知人等ものしりびとどもの卜事うらごとを以もちて卜うらへども{出いづる神かみの御心みこころも無なし}と白まをすと聞きこし看めして...
皇御孫命すめみまのみことの詔のりたまはく 『神等かみたちをば天社あまつやしろ・國社くにつやしろと忘わするる事こと無なく 遺おつる事こと無なく 称辞たたへごと竟おへ奉まつると思おもほし行おこなはすを 誰いづれの神かみぞ 天下あめのしたの公民おほみたからの作つくりと作つくる物ものを 成なさず傷そこなへる神等かみたちは 我あが御心みこころぞと悟さとし奉まつれ』とうけひ賜たまひき。
是ここを以もて皇御孫命すめみまのみことの大御夢おほみいめに悟さとし奉まつらく 『天下あめのしたの公民おほみたからの作つくりと作つくる物ものを 悪風あしきかぜ荒水あらきみづに相あはせつつ 成なさず傷そこなへるは 我あが御名みなは天あめの御柱みはしらの命みこと・國くにの御柱みはしらの命みこと』と御名みなは悟さとし奉まつりて...
『吾あが前まへに奉まつらむ幣帛みてぐらは 御服みそは明妙あかるたへ・照妙てるたへ・和妙にぎたへ・荒妙あらたへ 五色いついろの物もの 楯たて・戈ほこ・御馬みうまに御鞍みくら具そなへて 品品くさぐさの幣帛みてぐら備そなへて 吾あが宮みやは朝日あさひの日向ひむかふ処ところ 夕日ゆふひの日隠ひがける処ところの 龍田たつたの立野たちぬの小野をぬに 吾あが宮みやは定さだめ奉まつりて 吾あが前まへを称辞たたへごと竟おへ奉まつらば 天下あめのしたの公民おほみたからの作つくりと作つくる物ものは 五いつくさの穀たなつものを始はじめて 草くさの片葉かきばに至いたるまで 成なし幸さきはへ奉まつらむ』と悟さとし奉まつりき。
是ここを以もて皇神すめがみの辞こと教おしへ悟さとし奉まつりし処ところに 宮柱みやばしら定さだめ奉まつりて 此この皇神すめがみの前まへに称辞たたへごと竟おへ奉まつりに 皇御孫命すめみまのみことの宇豆うづの幣帛みてぐらを捧ささげ持もたしめて 王おほきみたち・臣等まへつぎみたちを使つかひと為して 称辞たたへごと竟おへ奉まつらく」と 皇神すめがみの前まへに白まをし賜たまふ事ことを 神主かむぬし・祝部等はふりども 諸もろもろ聞きこし食めせ と宣のる。
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奉たてまつる宇豆うづの幣帛みてぐらは「比古神ひこがみに御服みそは明妙あかるたへ・照妙てるたへ・和妙にぎたへ・荒妙あらたへ 五色物いついろのもの 楯たて・戈ほこ 御馬みうまに御鞍みくら具そなへて 品品くさぐさの幣帛みてぐら献たてまつり 比売神ひめがみに御服みそ備そなへ 金こがねの麻笥をけ・金こがねの椯たたり・金こがねの桛かせひ 明妙あかるたへ・照妙てるたへ・和妙にぎたへ・荒妙あらたへ 五色いついろの物もの 御馬みうまに御鞍みくら具そなへて 雑くさぐさの幣帛みてぐら奉まつりて 御酒みきは𤭖みかの閇へ高知たかしり 𤭖みかの腹はら満みて雙ならべて 和稲にぎしね・荒稲あらしねに 山やまに住すむ物ものは 毛けの和物にごもの・毛けの荒物あらもの 大野おほぬ原はらに生おふる物ものは 甘菜あまな・辛菜からな 青海原おほぬのはらに住すむ物ものは 鰭はたの広ひろ物もの・鰭はたの狭物さもの 奥おきつ藻菜もは・辺へつ藻菜もはに至いたるまでに 横山よこやまの如ごとく打積うちつみみ置おきて...
奉たてまつる此この宇豆うづの幣帛みてぐらを 安やす幣帛みてぐらの足たら幣帛みてぐらと 皇神すめがみの御心みこころに平たひらけく聞きこし食めして 天下あめのしたの公民おほみたからの作つくりと作つくる物ものを 悪風あしきかぜ荒水あらきみづに相あはせ賜たまはず 皇神すめがみの成なし幸さきはへ賜たまはば 初穂はつほは 𤭖みかの閇へ高知たかしり 𤭖みかの腹はら満みて雙ならべて 汁しるにも穎かひにも 八百稲やほしね・千稲ちしねに引居ひきすゑ置おきて 秋祭あきのまつりに奉たてまつらむと...
王おほきみたち・卿等まへつぎみたち 百ももの官人等つかさのひとたち 倭國やまとのくにの六むつの縣みあがたの刀袮とね 男女をとこをみなに至いたるまでに 今年ことしの四月うづき<七月ふみづきにハ 今年ことし七月ふみづきト云いフ> 諸もろもろ参集まゐうこなはりて 皇神すめがみの前まへに宇事物うじもの頚根うなね築つき抜ぬきて 今日けふの朝日あさひの豊逆登とよさかのぼりりに 称辞たたへごと竟おへ奉まつる皇御孫命すめみまのみことの宇豆うづの幣帛みてぐらを 神主かむぬし・祝部等はふりどもは賜たまりて 惰おつるる事こと無なく奉たてまつれ」と 宣のりたまふ命おほみことを 諸もろもろ聞きこし食めせ と宣のる。
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『祝詞正訓』安政5年(1858)平田鐵胤/謹書