三大神勅|天照大神→天津彦彦火瓊瓊杵尊 *『日本書紀』巻第二|一書/伝
01 寶祚無窮詔/天壌無窮テンジョウムキュウの神勅
...二神乃昇天、復命而告之曰、葦原中國、皆已平竟。時天照大神勅曰、若然者、方當降吾兒矣。且將降間、皇孫已生。號曰天津彦彦火瓊瓊杵尊。時有奏曰、欲以此皇孫代降。故天照大神、乃賜天津彦彦火瓊瓊杵尊、八坂瓊曲玉及八咫鏡・草薙劒、三種寶物。又以中臣上祖天兒屋命・忌部上祖太玉命・猨女上祖天鈿女命・鏡作上祖石凝姥命・玉作上祖玉屋命、凡五部神、使配侍焉。因勅皇孫曰、葦原千五百秋之瑞穗國、是吾子孫可王之地也。宜爾皇孫、就而治焉。行矣。寶祚之隆、當與天壤無窮者矣。.....
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天照大神... 葦原千五百秋アシハラノチイホアキの瑞穂国ミズホノクニは 是コれ吾アが子孫ウミノコの王キミたるべき地クニなり。宜ヨロしく爾イマシ皇孫スメミマ 就ユきて治シラせ。行矣サキクマセ。宝祚アマツヒツギの隆サカえまさんこと 当マサに天壌アメツチと窮キハマり無ナかるべし...
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02 同床共殿詔/宝鏡奉斎ホウキョウホウサイの神勅
...櫛明玉神爲作玉者。乃使太玉命、以弱肩被太手繦、而代御手、以祭此神者、始起於此矣。且天兒屋命、主神事之宗源者也。故俾以太占之卜事、而奉仕焉。高皇産靈尊因勅曰、吾則起樹天津神籬及天津磐境、當爲吾孫奉齋矣。汝天兒屋命・太玉命、宜持天津神籬、降於葦原中國、亦爲吾孫奉齋焉。乃使二神、陪從天忍穗耳尊以降之。是時、天照大神、手持寶鏡、授天忍穗耳尊、而祝之曰、吾兒、視此寶鏡、當猶視吾。可與同床共殿、以爲齋鏡。復勅天兒屋命・太玉命、惟爾二神、亦同侍殿內、善爲防護。.....
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天照大神 手に宝鏡を持ち 天忍穂耳尊に授けて祝ぎて曰く... 吾アが児ミコ 此コの宝鏡タカラノカガミを視ミまさむこと 当マサに吾アレを視ミるがごとくすべし。与トモに床ミユカを同オナじくし 殿ミアラカを共ヒトツにして 以モチて斎鏡イハヒノカガミと為ナすべし...
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03 齋庭之穗詔/斎庭稲穂ユニハノイナホの神勅
...天照大神...又勅曰、以吾高天原所御齋庭之穗、亦當御於吾兒。則以高皇産靈尊之女號萬幡姬、配天忍穗耳尊爲妃降之。故時居於虛天而生兒、號天津彦火瓊瓊杵尊。因欲以此皇孫代親而降。故以天兒屋命・太玉命、及諸部神等、悉皆相授。且服御之物、一依前授。然後、天忍穗耳尊、復還於天。故天津彦火瓊瓊杵尊、降到於日向槵日高千穗之峯、而膂宍胸副國、自頓丘覓國行去、立於浮渚在平地、乃召國主事勝國勝長狹而訪之。對曰、是有國也。取捨隨勅。.....
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天照大神... 吾アが高天原タカマノハラに所御キコシメす斎庭ユニハの穂イナホを以モチて 亦マタ吾アが児ミコに御マカせまつるべし...
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五大神勅|天照天神→天児屋根命・太玉命 *『日本書紀』巻第二|一書/伝
04 侍殿爲護詔/侍殿防護ジデンボウゴの神勅
...天照大神、手持寶鏡、授天忍穗耳尊、而祝之曰、吾兒、視此寶鏡、當猶視吾。可與同床共殿、以爲齋鏡。復勅天兒屋命・太玉命、惟爾二神、亦同侍殿內、善爲防護。又勅曰、以吾高天原所御齋庭之穗、亦當御於吾兒。則以高皇産靈尊之女號萬幡姬、配天忍穗耳尊爲妃降之。故時居於虛天而生兒、號天津彦火瓊瓊杵尊。因欲以此皇孫代親而降。故以天兒屋命・太玉命、及諸部神等、悉皆相授。且服御之物、一依前授。...
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天照大神... 天児屋根命アメノコヤネノミコト・太玉命フトダマノミコトに勅ミコトノリすらく 惟ネガはくは爾イマシ二柱神フタハシラノカミ 亦マタ同オナじく殿ミアラカの内ウチに侍サモラひて 善ヨく防フセぎ護マモることを為ナせ...
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五大神勅|高皇産霊尊→天児屋根命・太玉命 *『日本書紀』巻第二|一書/伝
05 天津神籬詔/神籬磐境ヒモロギイハサカの神勅
...時高皇産靈尊、勅大物主神、汝若以國神爲妻、吾猶謂汝有疏心。故今以吾女三穗津姬、配汝爲妻。宜領八十萬神、永爲皇孫奉護、乃使還降之。卽以紀國忌部遠祖手置帆負神、定爲作笠者。彦狹知神爲作盾者。天目一箇神爲作金者。天日鷲神爲作木綿者。櫛明玉神爲作玉者。乃使太玉命、以弱肩被太手繦、而代御手、以祭此神者、始起於此矣。且天兒屋命、主神事之宗源者也。故俾以太占之卜事、而奉仕焉。高皇産靈尊因勅曰、吾則起樹天津神籬及天津磐境、當爲吾孫奉齋矣。汝天兒屋命・太玉命、宜持天津神籬、降於葦原中國、亦爲吾孫奉齋焉。乃使二神、陪從天忍穗耳尊以降之。...
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高皇産霊尊... 吾アは則スナハち天津神籬アマツヒモロギ及マタ天津磐境アマツイハサカを起樹オコシタてて 当マサに吾アが孫ミマゴの為タメに斎イツき奉マツるべし。汝イマシ天児屋根命アメノコヤネノミコト・太玉命フトダマノミコト 宜ヨロしく天津神籬アマツヒモロギを持モちて 葦原中国あしはらのなかつくにに降クダりて 亦マタ吾アが孫ミマゴの為タメに斎イツき奉マツれ...
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天神神勅|天神諸命→伊邪那岐命・伊邪那美命 *『古事記』上巻/伝
01 修理固成詔/修理固成シュウリコセイの神勅
...於是天神諸命以、詔伊邪那岐命、伊邪那美命、二柱神、修理固成是多陀用幣流之國、賜天沼矛而、言依賜也。故、二柱神立。天浮橋而、指下其沼矛以畫者、鹽許々袁々呂々邇此七字以音。畫鳴。而、引上時、自其矛末垂落之鹽累積、成嶋。是淤能碁呂嶋。...
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...天神諸の命を以て 伊邪那岐命・伊邪那美命の二柱の神に...『是コレの多陀用弊流国タダヨヘルクニを修ヲサめ理ツクり固カタめ成ナせ』。と詔りて 天の沼矛を賜ひて 言依さし賜ひき...
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天神神勅|天照大神→日子番能邇邇芸命 *『古事記』上巻/伝
02 天壤無窮詔/天壌無窮テンジョウムキュウの神勅
...天照大御神...高木神之命以、詔太子正勝吾勝勝速日天忍穗耳命、今平訖葦原中國之白。故、隨言依賜降坐而知者。爾其太子正勝吾勝勝速日天忍穗耳命答白、僕者將降裝束之間、子生出。名天邇岐志國邇岐志。天津日高日子番能邇邇藝命。此子應降也。此御子者、御合高木神之女、萬幡豐秋津師比賣命、生子、天火明命。次日子番能邇邇藝命二柱也。是以隨白之、科詔日子番能邇邇藝命、此豐葦原水穗國者、汝將知國、言依賜。故、隨命以可天降。...
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天照大御神... 是を以て白したまふ隨に 日子番能邇邇芸命に詔せて...『此この豊葦原トヨアシハラの水穂ミヅホの國クニは 汝みまし知シらさむ國クニなり』。と言依さし賜ひき...
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天皇詔勅|孝徳天皇→大化三年詔勅 *『日本書紀』卷第二十五/伝
00 大化3年詔/惟神[隨神道]カムナガラ/カミノミチノマニマニの詔勅
夏四月丁巳朔壬午、詔曰。惟神[惟神者、謂隨神道。亦謂自有神道也]、我子應治故寄。是以、與天地之初、君臨之國也。自始治國皇祖之時、天下大同、都無彼此者也。既而頃者、始於神名・天皇名々、或別爲臣連之氏、或別爲造等之色。...
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...夏四月の丁巳の朔壬午(647/04/01)に 詔して曰はく...『惟神カムナガラ [惟神とは ”神道シンタウに隨シタガひたまひて” を謂イふ。亦マタ自オノヅカら ”神道シンタウ有マします” を謂イふ也ナリ]も 我子アガミコ治シラさむと故寄コトヨサせき。是コレを以モチて 天地アメツチの初ハジメより 君キミ臨トマす國クニなり』。始治国皇祖の時より...
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『日本書紀』養老4年(720):舍人親王等/勅修
『古事記』和銅5年(712):太安萬侶/編纂 稗田阿禮/誦習
*原文DL/日本書紀・古事記全文検索(www.seisaku.bz/shoki_index.html)