神家略頌|私家祝詞類聚 訓読/正訓
神家略頌 しんけりやくしょう
夫そ、我国わがくに は神国しんこくにて、道みち は則すなわち神道しんとうなり。神道しんとう立たちて神社じんじやあり。神祇官じんぎくわん中ちゆう、八神殿はつしんでん。官幣くわんぺい以上いじやう二十二社にじうにしや。式内しきない三千一百余さんぜんいつぴやくよ。諸国しょこく一宮いちみや・明神大みやうじんだい。本宮ほんぐう・新宮しんぐう・上下じやうげの宮みや、大宮おほみや・若宮わかみや・内外うちとの宮みや、摂社せつしや・末社まつしやと分わかれたる。
神社じんじやの走はしりは、香久山かぐやまの、根堀ねこじの賢木さかき始はじめにて、御前みまへ・御室みもろに荒祭あらまつり、鎮守ちんじゆ・氏神うぢがみ・産土うぶすなと、建たてる社やしろの宮柱みやばしら、神明造しんめいづくり・津間造つまづくり、相殿造あひどのづくり・千木造ちぎづくり、石ノ間造いしのまづくり・入寳殿にうほうでん、王子造わうじづくりに旅所立たびしよだて、二階造にかいづくりに勅使殿ちよくしでん、拝殿はいでん、幣殿へいでん、直会所なおらいしよ、権殿ごんでん・舞殿まひどの・解除屋はらへやに、楽所がくしよ・神楽所かぐらしよ・神輿宿みこしやど。忌垣いがき・瑞垣みづがき・玉垣たまがきに、庁ノ屋ちやうのや・廻廊くわいろう・御炊屋みかしぎや、狐格子きつねごうしに犬格子いぬごうし。御手洗みたらし・御井みゐに祓川はらへがわ、御池みいけ・浮橋うきはし・影向石えごういし。鳥居とりゐは神明しんめい・山王さんわうや、藁座わらざ・篗指わくざし・戸開立とあけだて、黒木くろき・嶋木しまきに三輪鳥居みわどりゐ、車宿くるまやどりに穂屋ほや・幄舎あくしや。此外殿舎でんしやの名目めいもくは、所々ところどころの違ちがひあり。
さて神宝しんぱうの品々しなじなは、戸帳とばり・壁代かべしろ・八重畳やへだたみ・繧繝縁うんげんべりに高麗縁かうらいべり、褥しとね・帳台ちやうだい・翠簾みす・几帳きちやう、幌とばり・衾ふすまに斑幔まだらまく、幔幕まんまく・長幕ながまく・帳ちやう・帷とばり、錦蓋きんがい・羽車はぐるま、神輿みこしには、鳳形神輿ほうぎやうみこし・千木神輿ちぎみこし・四角しかく・六角ろつかく・八角はつかくあり。旌はたは釣旗つりはた・游附旗ちづきはた、四神しじんの旗はたは異国いこくの風ふう。矛ほこは比礼矛ひれほこ・飾矛かざりぼこ・瑤矛たまぼこ・手矛てぼこ・勅使矛ちょくしぼこ。太刀たちに弓矢ゆみやに、盾たての板いた。台盤だいばん・高案かうあん・八脚やつはしや柳筥やないばこ・小机こづくゑ・八座置やくらおき、四座置よくらおきより大和台やまとだい。高杯たかつき・三方さんぱう・四方しはうより、小四方こしはう・細縁ほそべり・足付あしつきに・瓶子へいし・金鋺かなまり・土器かはらけや、窪手くぼて・平手ひらてに箸掛はしかけや、長柄提子ながえちようしに薦こも・食薦すごも、円座えんざ・莚道えんだう・浜床はまゆかに、軾ひざつき・湯釜ゆがま・大おほの鼻はな。随身ずいしん・狛犬こまいぬ・御鏡みかがみに、斎札いみふだ・掛鈴かけすず・小灯台ことうだい、結灯台むすびとうだい・菊灯台きくとうだい、釣灯籠つりとうろうに石灯籠いしとうろう。
さて神事かむごとの斎ものいみは、散斎あらいみ・致斎まいみ・清祓きよはらへ・前斎まへいみ・斎夜いみや・後宴ごえんあり。又また祓具はらへぐは忌竹いみだけ・五十串いぐし・解縄ときなは・偶人ひとがたや茅輪ちのわ・麻葉あさのは・撫物なでものに、贖物あがもの・散米うちまき・祓串はらへぐし。宣命せんみやう・祝詞のりと・祭文さいもんに、幣帛へいはく・和妙にぎたへ・荒妙あらたへや、太玉串ふとたまぐしに白杖しらづゑや。祭まつりは、祈年としごひ・鎮花はなしづめ、神衣かむみそ・大忌おほいみ・三枝さいぐさに、月次つきなみ・鎮火ほしづめ・道饗みちあへや、祈雨きう・止雨しう・葵あふひ・風神かぜのかみ・神嘗かむなめ・相嘗あひなめ・新嘗会しんじやうえ・大嘗祭だいじやうさいに鎮魂祭ちんこんさい、其外そのほか一社いつしやに名目めいもくあり。例祭れいさい・競馬くらべうま・流鏑馬やぶさめに、走馬はしりうま・賭弓のりゆみ・奉射祭ほうしやさい。神輿みこしの渡御とぎょは所々ところどころにあり。神楽かぐら・御田植おたうゑ・御湯おゆ・庭燎にはび・東遊あづまあそびに求女子もとめごや、舞楽ぶがく・田楽でんがく・猿楽さるがくに、山矛やまぼこ・獅子ししに駒型こまがたや、檀後だんじり・弦目げんもく・便佐佐良びんささら、祭まつりの事ことは限かぎり無なし。供神ぐしんの物ものの其品そのしなは、御飯おんいひ・簀巻すまきに赤贄あかにへや、槲かしはの供御ぐぎょに三杵米みきねまい、鰒あはび・松魚かつをに腊きたひ・藻菜もは、菓物このみ・白酒しろき・黒酒くろきに御鏡代おかがみだいや牛舌うしのした、沓型くつがた・混沌こんとん・索餅はなもちに、粢しとぎ・御供米みくまや※※ぶと・※餅まがり、是亦これまた社々やしろやしろの定さだめあり。
さて神官しんくわんの着具つけぐには、袍はうには当色とうじき夫々それぞれに、位くらゐの袍はうの色目いろめ有あり。濃こき紫むらさきに緋ひの緑みどり、衵あこめ・単ひとへに下襲したがさね、大惟子おほかたびらは後のちの制せい、表袴おもてばかまに赤大口あかおほぐち、石帯いしのおびより垂平緒たれひらを、野太刀のだち・餝太刀かざりだち・衛府えふの太刀たち、中啓ちゆうけい・檜扇ひあふ・笏しやく・襪したうづ。冠かむりの品しなは厚額あつびたひ、半額なからびたひに薄額うすひたひ、透額すきひたひにも名所などころは、巾子こじ・甲こう・簪かんざし・纓えい・掛緒かけを。纓えいは広纓ひろえい・細纓ほそえいに、巻纓まきえい・老懸おいかけ・小動こゆるぎや、日陰ひかげの糸いとに心葉しんえうや。烏帽子えぼしの折をれは左右ひだりみぎ、平礼烏帽子ひれえぼし・立烏帽子たてえぼし、侍烏帽子さむらひえぼし・柳左比やなぎさび、仕丁烏帽子よぼろえぼしは眉まゆもなし。絹下垂きぬしたたれに布下垂ぬのしたたれ。狩衣かりきぬ・浄衣じやうえ・祭服さいふくや、布衣ほいに素襖すはうに退紅たいこうに、褐衣かつえ・水干すゐかん・雑色ざうしきや、黄衣わうえ・白張はくちよう・傘袋かさぶくろ、指貫さしぬき・指袴さしこ・長袴ながばかま、何いづれも上うえに違ちがひあり。千早ちはや・舞衣まびぎぬ・掛帯かけおびは、皆巫女みかんこの付具つけぐなり。神位しんゐは六位ろくゐ始はじめにて、上階じやうかい一位いちゐに至いたるまで、社々やしろやしろに高下こうげあり。勲位くんゐの数かずは十二等じうにとう、是これも社やしろに次第しだいあり。
神家しんけの職しよくの其中そのなかに、伊勢いせの祭主さいしゆは公家くげの任にん。大宮司だいぐうじ・禰宜ねぎの長ちよう、二位にゐに至いたるは御推叙ごすゐじよなり。鹿島かしま香取かとりに富士ふじ・熱田あつた・宇佐うさの両宮りやうぐう・宗像むなかたは何いづれも職号しよくごう大宮司だいぐうじなり。臼杵うすき・物部もののべ・日前ひのくまの、三所さんしよは共ともに国造こくさうなり。狭投さなげ・雲州うんしう日御前ひのみさき、両社りようしやは同おなじく検校けんぎやうなり。和州わしう春日かすがに城州じやうしう賀茂かも・松尾まつお・平野ひらの・稲荷いなり等など、何いづれも神主かむぬし三位さんみなり。稲荷みなり・住吉すみよし・八幡やはた等など、皆みな是これ社務しやむの号ごうぞかし。諏訪すわ上下かみしもは大祝おほはふり、其外そのほか諸社しよしやに古格こかくあり。昔むかしは神主かむぬし国府こくふの任にん、六年ろくねんごとに改補かいほあり。禰宜ねぎも祝はふりも譜代職ふだいしよく。物忌ものいみ・内人うちんど・物言ものいひ・預あづかり・公文所くもんじよ・膳部かしはべ等ら、行事ぎやうじ・在庁ざいちやう・鑰採かぎとりは、皆神職しんしよくの名目めやうもくなり。
統すべて祠官しかんは清浄せいじやうの、任にんに居おる身みを弁わきまへて、崇神すじんの御宇みよの勅みことのり、己おのれを責せめて身みを勤つとめ、日々ひびに一日ひとひを慎つつしむと、賢かしこき言ことを能よく思おもへ。古事記こじき・日本紀にほんぎ・古語捨遺こごしうい、神かみの教をしへを道分みちわけて、只ただ神忠しんちう尽つくすべし。
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右一帖は童稚に名目を知らしめん為なり。故の惣官祖父卿・学友等の編む所、尤も遺脱有り、名目の装束の具に於いて夥し。然りと雖ども暫く愚息の便蒙の為に之を写す
天明七年五月廿三日 従四位下 秦親実
右遠州浜松諏訪神官朋理・武州神田神官好寛等述作にて、然して家大卿の添削せしめ給ふ処なり 秦親臣
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『私家祝詞類聚』「神家略頌」天明7年(1787):
遠州浜松神官・武州神田神官/共撰 山城稲荷社祠官/校閲